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ありの行列

2011/07/10 23:00
日曜日の午後。
長い昼寝から目覚めた二男1歳に遅めの昼飯としてうどんを食べさせる。

暑がる長男8歳には、宿題にとりかかることを条件に、エアコンの利用を許す。彼は宿題をはじめる。課題は、以前学校でやった国語のテスト4回分の訂正。先生が×印を付けた欄を消しゴムで消して、直す。漢字の問題のように辞書を引けばわかる問題の場合は、辞書を引かせればよい。でも、多くの問題は、計算間違いの直しとは違って、本人だけでは解決できない。「分からないところは、お父さんに聞きなさい」と先生はおっしゃったそうだ。お父さんか、ふーん。

「ねー、お父さん、どうしてこれが間違いなの?」
教科書に載っている、ウィルソンによるありの行列の研究をわかりやすく解説した説明文を読み、問題文に答える。なかなか、×印が多くて、、、現実は厳しいね。

どうして間違えたのか。
例えば「この研究で分かったことから、ウィルソンは、何を知ることができましたか。」という問題。
うちの少年は、「ありがおしりからとくべつなえきを出して、、、」と細かな字でたくさん書いて、×印。
回答欄のサイズや、本文と質問文の表現の共通性等々から推測すると、正解は「ありの行列ができるわけ」そのものらしい。
しかしこの回答案に、彼は納得しない。彼の反論を要約すると、それでは
「知ることができたことにはならない」。その「わけ」の中身を説明しなければ、答えとして意味がない、と考える。
科学をするならば、その姿勢で有望だと思いたい。でも、国語のテストの出題者が求めている答えを推測できるほうが、まあ、得だ。

かといって、出題者が求めている回答を推測するノウハウを小学生に教えるのは、なんだか気が進まない。

先生、私は「ありの行列」のテキストは好きですが、このテスト問題に答えるのは、あまり好きではありません。
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